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放送日 平成23年11月12日(mp3形式音声ファイルはこちら→) 
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 放送内容は、著作権の保護を受けますので、個人でお聞きになる以外のご利用は出来ません。
ちょびっと
タイトル: わたしの家物語~町家をほめましょうプロジェクト
概要: 小野氏のご自宅である京町家改修をきっかけに、持ち家である京町家についての大工さんや学識の先生の鑑定、さらにはご自身の記憶を元にした「わたしの家物語~町家をほめましょうプロジェクト」について、お話しをいただきました。
出演者:
針:小針 剛氏
フリーカメラマン町家俱楽部ネットワーク事務局長
町家倶楽部ネットワーク事務局長1984年京都で撮影の仕事に携わる。1995年に現在の西陣にある築120年の町家に転居。妙蓮寺・円常院住職の勧めもあり、町家への転居を希望して転居をきっかけに町家の持ち主と借りたい人の間を取り持つ〈町の仲人〉を始める。1999年京都・町家倶楽部ネットワークとして活動を広める。2009年現在、町家の再活用の実績は約200軒。本業の写真業としては、伝統工芸品や和装姿の撮影からイベントなどのライブ、風景、人物、町家から能役者の撮影まで多岐にわたり活躍中。講演の依頼も多数。

野:小野 晴久氏
アトリエ吠陀(ヴェーダ)
グラフィックデザイナー、切り絵アーティスト

生粋京都人のグラフィックデザイナー。印刷会社に勤務後、34歳でデザイン事務所を設立、業務経験は28年に及ぶ。六原地区に町家を購入、改装して暮らしはじめて以来、町家再生に深い関心を抱いている。切り絵作家でもあり、ヨーロッパ・中東・アジア13カ国を歴訪し、外国人に日本文化を伝える活動も続ける。居合術6段。

林:林 宏樹氏
フリーランスライター
1969年京都市生まれ。同志社大学商学部卒、東京農業大学大学院農芸化学専攻中退。「東京で見掛けた富士山のペンキ絵が京都にはないのか?」という疑問から京都の銭湯巡りを始め、赴きある銭湯の佇まいや、遊び心溢れる演出の虜となる。京都の銭湯を紹介するために立ち上げたサイト『お風呂屋さん的京都案内』がきっかけとなりライターに。著書に『京都極楽銭湯案内』(淡交社)、『京の銭湯 本日あります』(コトコト)など。共著に『京都の近代化遺産』(淡交社)。近著に『京都極楽銭湯読本』(淡交社)。

浜:浜谷 冨美子氏 (財)京都市景観・まちづくりセンター 
絹:絹川 雅則   (公成建設株式会社)
ちょびっと
 
 
   放送内容については、無断使用を禁止させていただきます。この件についてのご連絡はこちらまで。
 絹:  “まちづくり”チョビット推進室!
Give me thirty minutes,I will show you the frontline of “まちづくり” and “まちづくり” people in KYOTO.
  ************************************************************************
絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た京都の元気なまちづくりびとの紹介や、その活動の最前線をご紹介しております。
いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。

●今日は豪華4名のゲストです!
絹: そして、本日のゲストは、豪華4人、4名様のゲストをお迎えしております。
お一方目、本業は写真家でいらっしゃいます。
小針剛さんでいらっしゃいます。よろしくお願いします。
針: よろしくお願いします。こんにちは。お世話になります。
絹: このおっさんがまた、面白いんです(笑)。
のちのちわかって頂けるかと思います。
そしてお二方目、アトリエ吠陀(ヴェーダ)の小野晴久さん。
野: よろしくお願いします。小野です。
絹: デザイナーにして切り絵作家でもあらせられる。
一説によると、りりしく胴着をお召しになって、居合道六段の先生でもという、この方もすごい方であります。
そしてお三方目、林宏樹さん。
林: はい、よろしくお願いします。
絹: フリーのライター。
文筆家であるとともに、京都における銭湯学の専門家というか、入りまくったはるそうですね(笑)
林: はい、そうですね(笑)。
もう365日のうち、250から300くらいは入っていると思いますので(笑)。
絹: というすごい人(笑)。
そして最後は女性のゲストです。浜谷冨美子さん。



浜: よろしくお願いします。
絹: 我らが京都市景観・まちづくりセンター(愛称:まちせん)、京都センター・フォー・コミュニティ・コラボレーションという所のスタッフでいらっしゃいまして、今日の番組の仕掛け人でもあります。
では、4名の皆さん、よろしくお願いします。

●“わたしの家物語”、そもそものきっかけ
絹: そして大切な本日の番組タイトルでありますが、「わたしの家物語~町家をほめましょうプロジェクト」と題してお送りいたします。
これはなんか面白そうです。
それではまず、今日の「わたしの家物語~町家をほめましょうプロジェクト」について、ご説明を頂きますが、しょっぱなは小野先生、お願いします。
野: はい、このきっかけとなりましたのが、私が8年前に今の家を、京町家を買いました時に、世間には「町家が好きや、好きや」と言って、入ったんですが、じっと回りを見渡すと、何にも知らなかったという事に気がついた。
その時に、たまたま“まちセン”に行くきっかけがありまして、「この私の家を説明してくれる人を紹介してくれ」とお願いしたわけです。
それが一番初めのきっかけで、大学の先生とか、棟梁とか、横にいらっしゃる林さんとか、そういう人たちを連れて来てくれはって、一日かかって私の家を褒めまくらはったんですね。
どんなええ気分やったか(笑)。
これは残さなあかんということで、コピーライターが書いてくれたものを、私も一応、デザイナーなので本を作ったんですね。
それを浜谷さんがずっと見ててくれはって、京都市からお金をとって活かしてくれはったんです。
それがきっかけで、小針さんが“わたしの家物語”というタイトルを出してくれはって、この本が生まれるきっかけになったんです。

クリックすると関連の
まちせんブログが開きます
絹: 私の手元に“わたしの家物語~小野邸”という、本と申しますか、ブックレットと申しますか、冊子と申しますか、小野様邸の履歴書がございます。
こういうご自身の御自宅の来歴、ええとこ、すごいとこを専門家が褒めまくって、一つのレポートにまとめて、写真集的な要素もあるというのを、やらはって、それがすごい楽しかった。
ですね?
野: そうですね。
その時に私の家で写真集的なものを作ろうという意図で作らせていただきました。

●変わったおっさんがやってきた
絹: 小野先生、8年前とおっしゃいましたね。
その時のまちづくりセンターって、新しい方ですか、古い方ですか?
浜: 新しい方です。
小野さんが買われたのが、8年前ですから。
野: そうです。
まちセンに行ったのが約7年前で。
絹: 7年前というと、五条河原町下がったとこ?
浜: もう今の場所にありました。
絹: その前は古い古い龍池小学校で、木造校舎のまちセンの時代もあったんですけどね。
でもまちセンって色んなお客さんが来はるんですね。
浜: そうですね(笑)。
絹: 浜谷さんが、一番初めに小野さんの対応をされたんですか?
浜: いえ。
野: その時は木下さんでしたね。
浜: 私はまだ入ってなかったんです。
絹: びっくりしはったんと違いますかね。
「なんや変わったおっさんが来たで」みたいな感じで(笑)。
「町家のこと、教えてくれ」って行かはったんですね。
野: それは外見ですか?(笑)
絹: いや、ほんとに色んな市民の方がまちづくりセンターを訪れておられると。
で、「町家が大好きや」で買わはって、入らはったけど、「ようわからん。わかる専門家を紹介してくれ」と行かはったら、まちづくりセンターが色んな人を集めてくれはったんですね。
浜: そうですね。

●こんな面白いこと、広げたい
絹: 地道ですね、まちセンも(笑)。
さて、小野さんの御自宅を写真集として残そう、エピソードとして残そうということが、今回の「わたしの家物語プロジェクト」のオギャーと生まれる前の段階だといたしましたら、小野さんが体験された、それから小針さんや林さんや、あるいは浜谷さん、まちセンが、「その時の体験を一回だけにしておくのは、どうも惜しいやないか」と思わはったんですね、きっと。
浜: そうです。
絹: これを普遍にして広げていけば、何か面白いことが起こりそうやというところあたり、次は小針さんに続けていただけますでしょうか。

●町家の仲人、ことはじめ
針: 私も東京生まれでして、京都は後からお邪魔させていただいている者なのですが、16年ほど前に、西陣にある明治時代に建ったお家を借りて、自分で直しながら住み始めたんですね。
絹: セルフビルドと言うか、自分で改修を。
針: そうです。
もちろん大きな所で専門家の知識がいるところは、知り合いの大工さんだったり、色んな人にお手伝いをして頂きながらなんですが、私が自分で借りて直した頃というのは、実は町家がそんなにブームではなかったんです。
それなのに、近所では珍しい出来事だったということで、小さなエリアで話題になりまして。
絹: 16年前?
針: はい。
つまりその頃は、長屋の小さな町家だったり、織屋建だったり、仕舞屋だったりというところに、特にスポットライトが当たっていたわけではなかった。
それなのに「よそ者が借りて自分で直しながら住んどるぞ」というお話を聞いた途端に、あちらこちらから「他に借りれる町家はありませんか」というような問い合わせが、とても多かったんです。
で、私が借りた時のエピソードを含めて説明をし始めて、3年で30件、持ち主さんと借りたいという人を引き合わせることができたんです。
絹: 結果的に小針さんは仲人さんになってしもたんですって?
針: そうですね。
不動産屋さんのように、契約を代行するということではなくて、人と人を紹介する、人とエリアを紹介するというような活動に繋がっていきまして、30件の声を聞いた頃から、実は今度は持ち主さんからの相談も受けるようになったんです。
「私のうちにも実は一軒空き家がある。傷んで古くなってぼろぼろになっているけれども、どこの誰ともわからん人に貸すのも、ちょっと不安や。でもここが好きで、自分で直しながらでも住んでくれるような良い人がおったら、貸してもええとは思うけど、どうやろか」という、今度は地元の人の相談も受けるようになりまして、じゃあ、その間も、「私らでよかったら、頑張ってみましょう」ということで、この16年の間に、220件ほどの間を取ってしまったことになったんです。

●「NPO町家倶楽部」になって
絹: これ、220というと、たいがいな数ですね。
年になおしたら・・・。
針: 毎年10数件ということになりますが、でも商売になるような数字でもなく、相変わらずNPOの民間団体として、今も動いているんですが。
絹: 先ほど伺ったら、妙蓮寺さんですか?
佐野住職さんと一緒に、小針さんは、NPOの町家倶楽部、某方面では非常に有名な町家倶楽部(笑)をずっと運営してこられた。
町家のカウンセラーとでも言うべきか、あるいは町家のお見合いの仲人さんと言うか、非常にお節介焼きな方でございます(笑)。
針: で、小野さんと知り合いになって、まちづくりセンターさんと知り合いになって、“小野邸”というこのお家を解説しましょうというような動きがあった後から、実は私の方にも面白い相談をいくつか受けるようになったんです。
絹: その面白い相談と言いますと、どんなタイプでしょうか。
針: 例えば、貸したい、直したい、使い続けたいという想像のできる相談ではなくて、持ち主さんが、「実は私の家も古いんや」と。
「おじいちゃんの代からずっと住んでるんやけれども、私の家って、町家なんかどうか、見に来てくれへんか」とかいうような相談が来るようになったんです。
つまり持っている人が、自分のお家の事を「もっと知りたい」と思われたのが、この近年に見える大きな特徴やないかなと思いますね。

●町家調査の反射波として
絹: 浜谷さん、景観まちづくりセンターは、結構地道に第何期にわたる京都市内の町家調査をずっと手掛けておられましたよね。
浜: はい。
絹: あれは、総数何千軒でしたっけ?
浜: 第3期の一番新しいもので、町家であると発見したものが、48,000軒です。
絹: 48,000軒。
僕今、小針さんのお話を聞いて、面白い相談が持ちかけられるようになったと。
それには一つは、まちづくりセンターや色んなボランティアや研究者の人たちが、4万何千軒と、3期に渡って、歩いて歩いて歩いて、聞いて聞いて調査しまくって、というのが、その余波と言いますか、その反射波が小針さんのとこに来てるなと。
非常に喜ばしいなという感じがしたんです。
無駄じゃなかったと。
浜: ありがとうございます。
またそれをちゃんと受け止めて下さっている、小針さんがいらっしゃってのことだと思いますね。
絹: ぼくは何か、まちセンを身内のように、タニマチまちセンみたいな所がありますので、なんかうれしいなと思って聞かせて頂きました。
浜: ありがとうございます。

●褒められることの重要性
絹: さて、非常に面白い町家倶楽部の活動でありますし、今回の“わたしの家物語”プロジェクトでありますけれども、やっぱり褒めなあきませんよね。
針: そうですね。
相談を受けて、おじゃまをさせていただいた時に、色んな所から見に来て下さる方がいると。
でも町家で最初に言われるのが「地震の時に倒れるで」「火事の時によう燃えるで」「相続の時に大変やで」「維持するのに修理が大変やで」と、怖い事ばっかり先に聞くと。
でも「この家自身はいったいどんなもんなんやろか」と、先ほど小野さんが素直に心から出た気持ちがそのまんまで、家の事をご自身でもっともっと理解したいという思いがあるわけです。
「おじいちゃんが言ってきたことは何やったんやろ」とか、「おばあちゃんがこれをずっと手入れしてきてくれたからこそ出てきた艶なんや」とか、そういう小さな事を見ていくと、実は建物としての町家だけではなくて、そこに営んできた人が見えるということに、気がついたんですね。
絹: 町家という空間に、人さんが、あるいはおばあちゃんが、おじいちゃんが、もっと前の方が、おとうちゃんが住んだはった、そういう歴史がなんとなくあぶり出されてきたということに、お気づきになったということですね。

●わたしの家が本になる!
針: で、小野さんのお家が一つの冊子になった。記録になった。
これをもっともっと広げてみましょ。
この「わたしの家物語」、11軒ほど見せて頂いたんですが、これは一般で募集しまして、特に文化財登録をしているわけでもなく、大きなお家だけでもなく、小さな小さなお家も含めて、自分のお家を知りたいと思う人のお家を選ばせて頂きました。
この時には専門家、つまり全員プロが、庭から大工、歴史、学問、ライターさんがいて、デザイナーさんがいて、写真を撮る人がいて、大勢で一日おじゃまをしまして、お家の解説と良い所を持ち主さんにお話をしましょうという見学会を開かせて頂いたんですね。
で、結果、10ページほどですけれど、フルカラーで、お伺いした事を、プロの林さんが文章に起こして頂きまして、口伝で伝わっていたお家の歴史が、見所が一つの物になったと、とても喜んでいただけました。
絹: リスナーの皆さんに報告します。
ラジオなので、映像を見てもらえませんけど、私の手元に、今、小針さんがおっしゃいました「わたしの家物語」の11軒分をまとめた本があります。
残念ながら非売品でありますが、本屋さんでイメージして頂くなら、“家庭画報”とか“婦人画報”といったサイズでしょうか。
針: そうですね。A4サイズですね。
絹: で、厚みが約1センチくらい。
野: 140ページくらいですね。

●家族の歴史がほぐれていく・・・
絹: 結構、ずしっときます。
そして小野邸履歴書の所を、ぱっと39ページを開けますと、玄関の写真と一緒に、
「小野邸は、元は質屋の邸宅として建てられた、数寄屋意匠をちりばめた町家です。蔵の墨書きなどから、明治30年代に建てられたと思われます。糸屋格子と一文字瓦の外観だけではなく、共用スペースの店の間、玄関、台所、奥の間が一列に並ぶ典型的な表屋づくりであり…」と始まっています。
こういう文章をライターであられる林さんがまとめあげられたということですね。
やっぱりこれ、11軒のそれぞれのオーナーさん、形を見られたら喜ばれたでしょうね。
林: そうですね。
箱としてだけではなく、家族の営みであったり、歴史だったり、あるお宅では、大事にされている家宝と言われているような色んな物を見せていただいたり、古い写真を出して見せて頂いたり、建物が解説されると同時に、家族の歴史みたいなものもほぐれていくというか、そういうところが一つ、“わたしの家物語”のすごい特徴だと思うんですけど。

●守り続けるこころと、遊びごころと
絹: 今、林さん、良い言葉を使われましたね。
「ほぐれていく」(笑)。
“わたしの家物語”11軒のこの報告書と言いますか、雑誌と言いますか、本ですね。
この冊子をまとめる作業、インタビューに付き合われて、印象的だったエピソードを一つ挙げていただけませんか?
林: 結構、改修をされてるお宅、ところどころ手入れされている所があるんですけど、例えば西陣の帯屋さんの「捨松」さんというところでは、時代に即して、ちょっとしゃれっ気のあるお部屋を一部屋つくられていたり・・・。
そういう時代の変遷のなかで、ちょっとずつ時代に合うような改修もされているんですけど、ちゃんと代々社長さんが毎朝お掃除を従業員の方と一緒にされているというようなお話を聞かせて頂いたり、やはり守るべき所は、きちんと守りながら、遊び心を忘れず、改修を続けていってらっしゃるようなお部屋が一部屋あったんですけども・・・。
絹: 今、私、“わたしの家物語”の捨松亭履歴書のところを開けておりますと、小針さんと小野先生がそれぞれ「ここや、ここや」と指さして(笑)。
「ここ見い」って、指さして下さったのを、ちょっと言葉では難しいですけど、どの辺が見どころか、ちょっと言って頂くと助かりますが・・・。
林: やっぱり毎日のお掃除によって、出てきている艶が・・・。
絹: このつくりつけ家具は、何て呼んだらいいんでしょう。
針: これは幅一間の水屋箪笥ですね。
絹: 壁にばちんと作りつけのようにはまり込んでいる、その水屋箪笥が飴色に光っています。
いかに磨きこまれたかという証拠です。
そしてさらに下は応接間。
アンティークな感じの洋物の応接家具が土壁の中に違和感なくはまっている写真が・・・。
林: この壁も苆(すさ:わらのこと)が練り込んであるんですが、それをわざと見せるようなしゃれっ気のある壁になっていまして、やっぱり着物屋さんですので、そういうしゃれっ気をすごく大事にされているお宅で、そういうところが部屋づくりにも表れていて面白かったですね。

●冊子づくり、大いに愉しみました
絹: 嫌みなく、遊んだはるなあというのが、そこなかとなく。
こういう冊子を、あるいは報告書を、写真集をまとめあげられるなかで、プロセスがすごく楽しかったでしょうね。
林: そうですね。
仕事としてやっているんですけど、半分、自分も楽しみで参加しているという部分がすごいあって、「ああ、こんな仕掛けがあるのか」とか「あ、こういう遊び心がこんなところに出てるな」とかいうのが、随所にありましたね。
絹: 町家ファンであり、デザイナーさんであり、ライターさんであり、そういう専門家の方々が、それぞれキーになる専門家集団が面白がったはると。
愉しんでやったはるということが、町家オーナーに伝わるわけですよね。
林: そうすると、向こうの方も乗ってきて下さって、「ああ、ここは昔、こういう用途で使っていた」とか、そういう話もぽろぽろ出てきますし、例えばお茶屋さんで渡り廊下があったんですけど、「そこは花道として、演出として芸者さんが歩いていた」とか、そういう話も出てきたりして、昔の面白い話を、ぽろぽろと思いだしてくれはるところとかが、すごいたくさんありましたね。
絹: こういうプロセスで、お三方の愉しみ加減、喜んではるのが、町家オーナーに伝わる。
町家オーナーも愉しくなる、元気になる。
それを浜谷さんはそばで見ていて、「シメシメ」と思わはったんでしょうねえ(笑)。
浜: いやあ(笑)、「シメシメ」と言うか、ほんとに愉しかったですね。
一緒に参加させて頂いて。皆さんの顔がやっぱり明るくなって、一日が終わるという感じでしたね。
絹: 「センター・フォー・コミュニティ・コラボレーションやあ!」と思わはったんでしょうねえ。
浜: そうです(笑)。

●“わたしの家物語”からまちづくりへ
針: 持ち主さんにしても、おじいちゃんから聞いた、親から聞いた思い出話も自分の中から掘り起こしながら。
で、お話を聞くと、「うちもなかなか大したもんやで」とか。
絹: 「捨てたもんやないな」と。
針: 「この冊子を100冊つくってくれ」というお家もあったし、お身内にも配りたい、自分の息子にも配りたい。
もっとお家が好きになったという人が、ほとんどだったんですね。
絹: ええ話やなあ。
これが何か武器になると言いますか、地域を元気にする起爆剤になるかもしれないというお顔が見えてきたというか。
針: 建物そのものを文化財として残す、これももちろん大切なんです。
でもそこを現役に使い続ける、これは残す保存というのとは、また一つ違って、有効にまちづくりに繋がるのではないかと信じています。
絹: 今までの町家保存の、色々頑張っておられる方、京町家ファンドですか?
浜: はい。
絹: まちセンも頑張ったはる、改修計画とかしているのとは、また少し角度が違う企てのように聞かせて頂きました。
それではそろそろ、主力告知というやつを。
こういう意図で、この告知をさせていただきますというのを行きましょか。

●あなたのお家の“わたしの家物語”つくってみませんか?
針: 今、お話した“わたしの家物語”、実は助成金を頂いて作ったんですが、この11軒だけではもったいない。
「私の家もつくってほしい」という人がまだまだいらっしゃいます。
実はプロが寄ってたかってかかりますと、1冊つくるのに、経費が40万も50万もかかってしまうんです。
ところがつくっている側も愉しんで頂けていまして、半分ボランティア、でも手は抜きませんということで、とても安く、有料にはなりますが、つくることができるようになりました。
“わたしの家物語”ご希望の方には、プロが寄ってたかってお家を見させて頂いて、解説をさせて頂きますので、「“わたしの家物語”というのは、どんなもんやろ、作ってもらえるもんやろか」と思われた方は、まちづくりセンターに行くと現物も見ることができますので、ご興味のある方は是非お越しくださいませ。
絹: 建築学者、研究者、大工の棟梁、庭師さん・・・。
針: カメラマン、ライター、デザイナー・・・。
絹: 今日はここには、カメラマン、ライター、デザイナーのお三方が来て下さっているのですが、そういうコーディネートを我らがまちづくりセンターが務めますというところですね。
それで浜谷さん、それは関連のプログラム、セミナー企画ですか?

●「京町家雑学見定」始めます!
浜: そうですね。
今のこのコアメンバーで「“わたしの家物語”実行委員会」という形で、個別の“わたしの家物語”等、活動していくんですが、その中で京町家雑学見定という全6回シリーズのセミナーをやっていこうということも決めました。
絹: 京都検定の「検定」の字と違って、あえて「見定める」という字を使ってはりますね。
浜: そうなんです。
あえて「見て定める」というふうに・・・。
絹: 「わたしの自宅、見て定めて」という、そんな感じですか。
浜: そうですね。
今日の小針さんを中心に、玄関から建物の中から色んな町家の見るポイントというのを、講義して頂いて、最後にはこれであなたも京町家の雑学博士というふうな形で修了証もお出しして認定しようと思っています。
1月の14日の土曜日から、毎月第2第4土曜日の朝10時から12時にまちづくりセンターで実施しますので。
絹: じゃ、来年ですね。
偶然、第2第4土曜日の15時30分は、このまちづくりチョビット推進室の放送日でもございます。
聞いてやって下さい。

リスナーの皆さんいかがでしたでしょうか。
“わたしの家物語”に関わられるお三方の専門家が本当に腹の底から愉しんで、「面白いし、町家について一緒にやらへん?」みたいな空気を出しておられます。
この事が尊いし、大事だなという気がして、今日はお越し頂きました。
調査によりますと、京都市内の空き家は1万数千軒を超えているということを教えて頂いたことがございます。
特に東山区におきましては、空家率は20%を超え、向こう三軒両隣に必ず空いている。
その中でひょっとしたらそういうことに掉さす力が、この企てにあるのかもしれない。
町家についてもっと愛着を持って、我がまちに誇りを持つ人が増えるのかもしれない。
そんなことすら感じさせる素敵な悪だくみかもしれません(笑)。
さて、残り僅かですが、まちセンからの告知、もう少しできます。

●まちセンからの告知です
浜: 景観まちづくりセンターからのお知らせですけれども、「まちづくり実践塾」ということで、12月3日の土曜日、「災害図上訓練からの防災計画づくり」ということで、まちづくりセンター地下1階のワークショップルームでセミナーを行っていますので、まちづくりセンターまでお申し込み下さい。
それともう一つ、今日来られている小野さんも企て人の1人なんですが、「The Deepest Kyoto Tour」ということで、町家のファンドにも繋がる外国人向けのツアーをやっています。
第2第4水曜日に毎月やっておりますので、またこれもまちづくりセンターまで問い合わせて下さい。
絹: 「The Deepest Kyoto Tour」のプログラムでは、ひょっとすると小野先生の居合が見られるかもしません。

さあ、皆さんいかがでしたでしょうか?この企て、是非注目して下さい。
“わたしの家物語”です。
この番組は、心を建てる公成建設の協力と、京都府地域力再生プロジェクト、そして我らが京都市景観・まちづくりセンターの応援でお送りしました。
皆さん、ありがとうございました。
全: ありがとうございました。
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