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放送日 平成21年10月10日(mp3形式音声ファイルはこちら→)
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 放送内容は、著作権の保護を受けますので、個人でお聞きになる以外のご利用は出来ません。
ちょびっと
タイトル: 「米一合農地の普及」
テーマ: 「稲作から学ぶ環境モデル都市作り」
概 要: 第50回 平成21年4月25日の放送にも出演されました、京都市 産業観光局 農林振興室 農業振興課長 高橋武博氏をお招きし、稲作(米一合農地)の普及と京都の歴史や祭事、さらには環境に配慮したモデル都市の構想についてお話をうかがいました。
出演者:
高:高橋 武博氏 京都市 産業観光局 農林振興室 農業振興課長
絹:絹川 雅則 (公成建設株式会社)
ちょびっと
 放送内容については、無断使用を禁止させていただきます。この件についてのご連絡はこちらまで。
絹: “まちづくり”チョビット推進室!
Give me thirty minutes,I will show you the frontline of “まちづくり” and “まちづくり” people in KYOTO.
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絹: 皆様こんにちは。
まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た京都の元気なまちづくり人の紹介や、その活動の最前線をご紹介しております。
いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室室長 絹川がお送りいたします。
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絹: さて、本日のゲストは二度目のご登場です。
京都市の産業観光局の農業振興整備課の課長をされている、高橋武博さんです。

●米一合って、なんですか?
高: 皆さん、こんにちは。高橋です。よろしくお願いします。
絹: 高橋さんは以前、「山が病んでいるんやないんや!人が病んでいるや!」ということで、前職は林業振興をなさっていましたので、京都の三山の少し悲しくなると言いますか、色んな現状について語って頂きました。
前回の人事異動で、農業振興整備というセクションに移られまして、またすごく面白い発言をされています。
御本業と関わるところ、そして少しずれるところ、ない交ぜて、今日はご紹介させていただきたいと思います。
番組タイトルとして「米一合農地の普及」、テーマは「稲作から学ぶ環境モデル都市づくり」ということで、まず高橋さんから口火を切っていただきます。
よろしくお願い致します。
高: “米一合農地”というのを、京都で普及していきたいなという思いが、今募ってきております。
「なんでそんな事を言うのや」「なんやそれは」と感じられるかと思いますが。
絹: 一番始めに“米一合農地”と聞いて、なんのことかわからへんかったです。
高: 具体的にはどんなことを頭に描いているかと言いますと、まず“米一合”については、田植えの稲の株5〜6株でだいたい一合取れるんです。
その5〜6株を鉢植えにして、水を入れて、水稲は十分バケツでも育ちますので・・・
絹: あ、小学校の理科の実験で、バケツ稲作やってはりますね。
高: はい、あれを5〜6株植えて、稲づくりを147万の市民の皆さんに作ってもらいたいと、そんな思いが今、ものすごく募ってきているんです。
まだそれが政策になるとかならんとかいう話やないんですが。

●日本人の魂を活性化したい
絹: なんで高橋さんはそんなことを思われたんでしょうか。
高: それは森林の担当をしていた時も同じなんですが、今は日本人が日本の魂を忘れかけているのではないかという、そんな気がものすごくしているんです。
明治維新以来、西洋の物質文明に圧倒され、翻弄されてしまって、本来日本人のDNAの中にある日本人の魂を忘れているんではないかと。
それを日本の文化都市、京都というのであれば、“日本に京都があってよかった”という、そういうまちにするのであれば、京都の市民が、日本人のDNAの中に眠っている日本人の魂というものを、もういっぺん活性化して、“誇りある日本人”としてのメッセージを発していきたいなという、そんな思いで“米一合農地”ということを考えたんです。

●稲作と日本人
高: いろんな事を調べていますと、日本文化とか日本人の魂というのは、つきつめると水稲作、稲作というものから起源がきているという思いがするんです。
稲作というものから日本人の魂というものが生まれてきた。
難しい話になるんですが、もともと古事記や日本書紀というものがありますね。
神話というのは、それぞれ色んな国に色んな神話があるんですけれども、それぞれの国民の魂みたいなものを現しているように思うんです。
物の考え方の基本になっているのではないかと。
ずっと昔、天照大神のお孫さん、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)と言う人が九州の日向の国に、三種の神器を持って降臨されてくるという物語があるんですが、その時に一緒に天上界の「斎庭(ユニワ)の稲穂」というものを持って、天照大神から「この稲穂でもって、葦原中国(アシハラノナカツクニ:日本の国土のこと)の民を飢えさせるな」ということで、携えて降りてきたという物語なんです。
絹: 今、高橋さんがおっしゃったのは、“天孫降臨”という、実は教科書なんかには載っているんですが、僕らはあんまり習わないですね。
高: まあ、そんなずっとずっと太古の昔に日本人が作った物語にそんな記述が出てくる。
そこから国を治めること自体が、稲作をうまくやっていくということになってきた。
昔は税金も米で納めていました。
それから領土も江戸時代には一万石とか二万石というように、米の取れ高で表しているわけです。
全てが米、基本が米であり、稲作であるわけです。
ところで稲作というのは、一人ではできません。
家族で協力せんと、稲はでけへんのです。
自分の事だけ考えていたら、でけへんのです。
そこから家族社会、家族を単位とした日本の社会、そこからまた他人のことも考えましょうという利他愛というのも生まれてきた。
それともう一つは稲作ですから、自然の天候にものすごく左右されるわけです。
今日も台風でしたけど、台風が来たらできない、ちょっとした天変地異で、もうできない。
天候に左右されるわけですけど、日本人というのは天候をコントロールするのではなく、いかに自然に合わせて生活するか、どう合わせていったらこの稲が満足に実るかということで、一生懸命考えてやったわけです。
そこで例えば暦というものも生まれてきます。
田植えをするのには、あの山にこんな雪解けの形があらわれたら田植えの時期だとか。

●自然との向き合い方―西洋と日本
絹: そう言えば以前、教えてもらいましたね。
自然暦だとか、稲作文化について、京都府の農業改良普及センターの木村さんとか、色んな人と勉強会をされていた時に、私、紛れ込んだんです。
その時に北アルプス白馬岳の代掻き馬の雪型という写真を、資料として見せてもらいました。
北アルプスの白馬に、雪の形で馬の形があらわれた。
これは溶けてきたということで、黒い馬の形ができてきた時に、そろそろシーズンやから、稲作の代掻きを始めなさいと。自然暦というのはこれだというのを教えてもらいました。
高: そうなんです。
そういうのが、いたる所にあるわけです。
“あそこに花が咲いたら何をする”とか、そういう自然暦のようなものがある。
なんでそんなものができてきたかと言うと、いかに人の暮らしを自然に合わせて、自然から守られるような稲をつくるのかということを、一生懸命考えてきたわけですね。
それがそういう現れになってきている。
西洋とちょっと違うところは、西洋は人間の力で自然をなんとかコントロールしてやろうというところが非常に強いですね。
それが明治維新の頃からボンと入ってきて、その物の豊かさに翻弄されて、日本人の魂を忘れているのではないかと。
仏教などでも言われる“山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)”というのをご存じですかね?
絹: ええと、はっきりわかりませんが、なんとなく漢字が浮かんでまいります。

●自然を受け入れ、そこから文化を生んだのが京都
高: 山にも川にも、草にも木にも、全部仏の心が宿っているのやと。
自然の姿そのものが神さんの姿なんやという感性です。
ですから人間もその一部ですよね。
人間がその一部になって、自然界の中でどうしたらうまいこと生きていけるのかということを、一生懸命考えて自然を受け入れるんですね。
自然を受け入れて、それにどう合わせていけるのかということを、稲作文化を通じて日本人は学んできたんです。
京都の文化というのは、その典型なんですね。
前にも申し上げたかもしれませんが、夏は暑いもんやと、冬は寒いもんやと。
夏の暑い時に、打ち水というのがありますよね。
夏の打ち水というのは、夏の暑いのをクーラーで冷やそうという発想ではないです。
また風鈴というのもありますね。
夏の暑いのを、京都人は我慢するわけです。
我慢するということは、それを辛抱して受け入れて、それでいかにしたらそれを乗り切れるやろかということで、いっぱい色んな文化が生まれてきている。
自然の働きを拒否するのではなくて、コントロールするのではなくて、受け入れてそこから何かを始めようとするのが、京都の文化であり日本の文化やと私は思っていまして、それを稲作というものを通じて、もっいっぺん皆で勉強し直したらどうやという思いが非常に強くなってきまして。

●和魂をすり減らしてきた日本人
絹: その発想が“米一合農地”の普及ということですね。
皆さんどうでしょう。高橋さんの熱い語り、留まるところを知りません。
明治維新から西洋の考え方に流されて、物の豊かさに流されて来たけれども、ひょっとしたら集合無意識というか、皆さん共通に、心のどこかで何となく『なんか変やな』という閉塞感があるのではないか。
和魂洋才と、先人が和の魂をもって、西洋の進んだ物を取り入れようと勉強してきはったけれども、その時の先達は和魂を持ってはったけど、我々は和魂をすり減らしたんと違うかと。
高: ああ、そうかもしれませんね。
絹: というのは私自身・・・前にも高橋さんにお話ししたかもしれませんが、小学校の時から学校で勉強を習って、色んな本を読んで、歴史を習ってと、してきたんですけれども、どこか注意深くとげ抜きで小骨を抜くように、本当は勉強しなあかんかったことを、先輩方から引き受けてちゃんと記憶に留めておかなければならなかったもの、たぶん歴史的に和魂というものに象徴されるものかもしれませんけど、そういうものが何か自分のなかからうまいこと外されているような、そんな事を感じることがあるんです。
高: いやあ、同感ですね、それは。
うまいこと、表現しはる・・・。
絹: 根無し草性と言いますか、特に海外の人と話した時に・・・彼らは、なんか知らんけど、しっかり地に足をつけているけれども・・・日本の事を聞かれて、「おまえはほんとに日本人か」みたいな目で見られた経験が二十代の頃にあったんです。
なんとなくその辺を今、「“米一合農地”の普及から」と高橋さんがおっしゃったのを聞いて、僕は自分の問題意識の中のそういうところをかき立てられました。

●京都で“米一合農地”を普及させる意味
高: なるほどね。
私は、京都でこれをやるということに大きな意味があると思うんです。
京都というのは、歴史伝統のまち、そして神社仏閣もいっぱいあります。
そういう歴史とか伝統とか、日本人がずっと受け継いできた和魂を大事にしようとしてきたまち、しようとしているまちですよね。
そういうなかで、京都がそういう事を言い出すということは、これは日本だけではなしに、環境問題でCO2削減とか言っていますが、人の暮らしのあり方というものを、全世界に提言できるような・・・かなり大上段に振りかぶっているんですが、京都でやることが、そういうことに繋がるのではないかというようなことを思っています。
絹: 前もおっしゃってましたね。
「環境、環境って言うのは、実は嫌いや」と。
「CO2削減なんて、こんなことを言うたら問題かもしれんけど、あんまり好きやない」と。
でも結果的に、そちらに繋がるようなこと、“米一合農地”とか、削減25%ありきではなくて、さらにその奥について発言されているように、私には聞こえます。
高: 全くそのとおりなんです。
もちろんCO2の削減目標を立てて、いっぱい色んな事をやっていくことは大事ですが、苦しいですよね、しんどいですよね、辛抱せんなんですよね。
京都人というのは、辛抱せんなんことを文化にしてしもたんやと。
それを楽しみに、喜びにして、文化にまで。
苦しいことを受け入れて、そこから何かを生み出してしもたんやと。
それが京都人やと。
そういう京都の暮らしを見直すということ、そのことがもしできたら、今の政権で色々25%て言うてますけど、それを実現できるようなモデルに、結果としてなってしまうと・・・
そういうことをやらないと、あと何%足らんとか言われて、毎日追われて生活してたら、これはもう苦しいてしゃあないですよね。
絹: 排出権取引がどうのとか、外国から買わないかんとか、あんまり面白くないし、楽しくないですよね。
またマネーゲームに巻き込まれるのかみたいな。
ではなぜ“米一合農地”で、京都のたくさんの市民が一合のお米を作ると、環境だとか、さらに奥の目標に繋がるのでしょうか。
高: 都会に住んでいますと、自然の働きというのが、やはり京都でもわからないですね。
自然が今どう動いているのか、今、春なのか夏なのか秋なのか、多少はわかるにしても部屋の中に入っていたらわからないですよね。
けどお米を育てることによって、自然の働きや運行・・・今、春が来ているなとか、今こんなことがあるなとかいうことが、わかる。
実際自然の働きに参加するということなんです。
参加しながら京都の歳時記を見直してみるんです。
例えばお稲荷さんの初午がありますが、あれは旧暦の二月の一番初めの午の日にやるというものなんです。

●京都の歳時記を見直す
絹: お稲荷さんて、伏見稲荷ですか?
高: はい。伏見稲荷です。
旧暦の二月の初午の日というのは、田の神さんが山から降りてくる日なんです。
こんな物語は京都にいっぱいあるんですよ。
東山にもあります。
日本人は神さんを一番初めに山で迎えるんです。
山で迎えて田まで降りてきてもらうんです。
降りてきてくれはった神さんと一緒にご飯を食べて、今年の豊穣を願うとか、豊凶を占うといったことをしたわけです。
そして秋には山に帰っていかはるわけです。
一年て言いますけど、一つの年と書きますね。
“稔る”というのもネンと読みますよね。
ですから本を読んでいますと、昔は一年を“一稔”という書き方をした場合もあるそうです。
絹: ほう、豊穣を祈ったというか、念じたということですね?
高: そうです。
そして一年というのは、稲作の田植えから採れるまでを基本に一年という感覚があったようですね。
そこに色んな豊穣を祈るようなお祭りが出てきます。
お花見もそうなんですよ。
お花見も今はああして宴会だけやっていますが、本来のお花見というのは、桜の頃に神さんを桜の木に天から呼んできて・・・。
絹: ということは、桜が“依り代(よりしろ)”だったと。
高: はい、“依り代です”。
そこで桜の咲き方によって豊凶を占った、それが花見やった。
そこで神さんと一緒にご飯を食べたというのが本来の花見の始まりらしいですね。
それが今はただ、宴会だけになっているわけです。
花見にはそういう意味があるんです。
もう京都は歳時記だらけです。
お寺や神社にいっぱいあって、今でもいっぱい色んなお祭りをやっています。
それはかなりの確率で稲作と繋がっている。
それが京都を支える文化になっている。
稲を作ることによって日本の文化を見直していくことが、京都は楽しくできるわけです。
絹: “米一合農地”で稲作の入門をすることで、季節だとか日本の歴史、歳時記に関する感性が戻ってくる可能性があるということですね。
高: そうです。
それを戻したいわけです。
例えば私の夢ですけど、神社さんとかお寺さんに協力してもらって、お稲荷さんには田んぼもありますよね。
そういう所で苗をもらってやったら有り難い話ですよね。
絹: そうですね。
頂いた資料の中に、稲荷大社の御田植祭とかがありますね。
“乙訓郡寺戸地区の水田(約五反歩)を神田として譲り受け”と、書いてありますね。
高: そういう京都の中の歳時記を見ていきますと、稲作と繋がる部分が非常にある。
それによって神社仏閣をまわるのにも、あるいは今日は何の日やというのでも、どういう意味があるのかを再発見していける。
日本人が本来どんなDNAを持って、どんな魂で、どんな風に生きてきたんかということを見直すことができると、そんな風に思いまして・・・
稲作ということを通じて、日本人の魂をもういっぺん見直してみたい。
それをするのに京都が一番適当な場所にあるという思いなんですねえ。

●まだ素案ではありますが・・・
絹: “米一合農地”、壮大な野望でありますが、これは高橋さんの農業振興という御本業にのっておりますので、まだまだこれからご期待下さい。
次年度計画、次々年度計画、本当にたぶん地に足のついた色んな企画が、高橋さんの頭の中に渦巻いているはずです。
例えば提案としてまだ素材の段階ですけど、今おっしゃった神社さんと連携した、“米一合農地”を普及させてみようだとか、ビルの屋上に田んぼビオトープがあったらいいのにねとか、市民農家といって、今147万の例えば10%の人が、我も我もとバケツ稲作やったり、一合稲作をやったり・・・
「どんなになるんやろ、京都は」という、すごい期待ですね。
高: ああ、夢ですねえ。
もしそうなったら世界に日本の文化を発信する中心都市になると、それは思いすぎですかねえ(笑)。
絹: いや、実は今日、この話をお願いしたいと思いましたのは、先ほども申しましたように、色んな閉塞感に風穴を開ける一つの有効な手段になるはずだと感じたためです。
お金をかけようという話じゃないですし・・・
リスナーの皆さんにわかっていただきたいのは、「なんでまちづくりチョビット推進室と“米一合農地”やねん?」という話ですけれども、僕はご存じのように、地元の建設屋です。
で、例えば立派なおうち、マンション、箱物、公共施設、色んなものを建てさせていただきまして、「素晴らしいね、いいのができたね」と。それはそれですごくうれしいんですが、今、色んな所で皆さんが悩み始めているのは、人と人との繋がる力、連携プレイの力がどうも失せてきている。
例えば公営住宅は、二十年三十年経てばスラム化してしまう。
町内会もこの頃参加されない、マンションの新住民と旧住民がなんか疎遠になってしまう。
でも京都はまだ地蔵盆があるぜ、色んなことをやって頑張っている人がいるぜ。だけど和魂洋才の和魂がちょっと弱くなってきている。
その時に建設屋の目から見ましても、まちをつくる時に、何が必要かといって、やっぱり人の力なんです。
人の力をもう一回元気にして、人と人が糊のように手を結ぶには、“米一合”がひょっとしたら、すごい良いパンチになる可能性があるなと思ったんです。
高: マンションなんかでしたら、ほんまにマンション住民の農地なんかが緑地空間として認められて、鉄筋コンクリートのど真ん中に水田があって、マンション住民が皆作っていると・・・
それならば住民と繋がる、自然とも繋がれる。
そこで色んな歳時記を皆でやる。
そういうのができたら素晴らしいマンションになるでしょうね。
屋上でもいいですよね。

●この話、まだまだ続きます
絹: 実際にそういうことをしようとしている人たちが、高橋さんだけじゃなくて、僕の知っている限り、お二人おられます。
環境アクションネットワークの松井恵さんというすごいおばさまがおられるのですが、その方。
それから高橋さんもメンバーであられるという土の塾
洛西の荒廃田を人力開墾して、三百人の人たちが季節の食物を作っているという・・・。
あ、時間がなくなってきましたね。
皆さん、どうでしたでしょうか。まだまだ予告編です。
“米一合農地”という言葉をどうぞ皆様の耳の片隅に置いて下さい。
我々の閉塞感をなんとかする、一つの大きなヒントが高橋さんの胸の中にあると感じました。
ということで、そろそろ終わらせていただきます。
またこの話続けていけたらなと思います。
この番組は心を建てる公成建設の協力と、京都府地域力再生プロジェクト、そして京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りしました。高橋さんありがとうございました。
高: どうもありがとうございました。
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