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放送日 平成17年6月1日(mp3形式音声ファイルはこちら→)
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 放送内容は、著作権の保護を受けますので、個人でお聞きになる以外のご利用は出来ません。
タイトル: 『堀川水辺環境整備物語(その2)』
テーマ: ゲストに堀川水辺環境整備構想ワークショップ運営事務局 長谷川祐一氏を迎え、「堀川水辺環境整備構想」の舞台裏を紹介
出演者:
長:長谷川 祐一氏 堀川水辺環境整備構想ワークショップ運営事務局
松:松岡 千鶴氏 (NPO法人京都コミュニティ放送 放送局次長)
絹:絹川 雅則 (公成建設株式会社)
 放送内容については、無断使用を禁止させていただきます。この件についてのご連絡はこちらまで。  
絹: 公・・・失礼しました。まちづくりチョビット推進室
************************************************************************
絹: 皆さん、こんにちは。
まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は、公成建設の協力でお送りいたします。
松岡さん!タイトルコールからドジりました(笑)。
松: あぁ、大丈夫です。はい。
絹: 本日のテーマ。
堀川物語・・・「堀川水辺環境整備物語(その2)」と言うタイトルでお送りします。
本日のお客様は、建設技術研究所の長谷川祐一様です。
長谷川さん、よろしくお願いいたします。
長: こんにちは。
ひとつよろしくお願いします。
絹: そして、我々のバックアッパーと言いますか、いつも支えて下さいます、当京都三条ラジオカフェのマドンナ、松岡さんです。
松: はい、こんにちは。
よろしくお願いいたします。
絹: はぁ、久しぶりだと、ドジりますね(笑)。
それでは、前回の振り返りと言うことで、「堀川物語(その2)」。
前回皆様にご紹介しました、京都にある堀川・・・
今、開渠の部分になっておりますのは・・開渠と言いますか、水が見えるところは、一条戻り橋辺りから、二条城、御池の辺りまで、流れている川の現状の報告いたしました。
その川が、実は都市下水道と呼ばれるもので、普段は水がほとんど流れていない、と言う現状。
それと、尾籠な話で恐縮です。
雨がドドドッと降りますと、水がドドドッと増えてきて、下水がオーバーフローをするために、そこへ・・堀川ですね、普段70センチの幅でしか流れていない水路が、ダーッと水が増えてきて、水かさが上がってきて、トイレットペーパーの溶けたのやとか人のウンチの固形分やとか言うのが、流れていること、皆さんご存じですか。
そういうものをずーっと市民の皆さんが参加して、ワークショップと言う考え方で、「市民参加で堀川に綺麗な流れを取り戻そう」と言う計画がずっと進んできてるんです。
それにはもう、ずーっと1990年代から、いろんな人達、それと私たち地元の建設屋を含むボランティアさん・・地元のまちづくりおじさん、いろんな人が関わってきたんですよ。
オレゴン大学の、外国の学生さん達も関わったりしたんですよ、って言うような話を前回、その1でさせて頂きました。
今回その2は、その「堀川水辺環境整備構想」の、有る意味で裏方の中心におられた、長谷川さんに来ていただきまして、多くの市民が参加された、このワークショップについて、エピソードを語って頂こうと・・こういう趣向でございます。
長谷川さん、よろしくおねがいします。
長: はい。よろしくおねがいします。
今、絹川さんの方からですねぇ、堀川の新しくリニューアルしよう。
そのために、まぁ長い歴史がありましたという・・
絹: はい。
長: 話でございました。
一番のポイントはですね、水を流そうとするときの水源をどうするかという話が一つ・・
絹: はい。
長: ・・有ります。
それから、あとは・・都市下水路というお話でしたから、それをですね、どうやって振り替えようと言う話がありまして、この二つが揃わないとですねぇ、水を・・綺麗な水を安全に流そうという話には持っていけない・・
絹: はい。
長: という事情がありまして、まずそこが第一ラウンドが必要だったという様なことになってきます。
絹: 昔は堀川に流れ込む川・・小川(こかわ)だとか・・京都市内にも沢山の川が流れておったそうですね。
長: そうですね。
昔は特に、今のようなアスファルトと言いましょうか・・不浸透化というんですけども、降った雨が地中にしみ込みやすい・・遥かにしみ込みやすい仕組みだったんですね。
それが今、どんどんどんどんアスファルトが進みまして、全部降った雨がですね、地中にしみ込まないで、どんどん下水の方へ行ってしまうと言う事ですから、堀川もですねぇ・・・山地河川ではないって言うんでしょうかね・・その、山を持ってないんですね。
流域に山を持ってませんから、紫野とか紫竹とかあの辺と、それからその上にちょっと池があったりしますけども、そういったところが水源だったんです。
絹: はい。
長: その辺がどんどんどんどん宅地化をしてですね、水が浸みこまなくって・・
従って、なんと言うんでしょうか・・雨がゆっくり時間をかけて、地下水からですね、川へ水が供給されると言いましょうか・・その仕組みが段々無くなってきて、今のような形になってしまってると・・・
絹: はい。
長: これが非常に大きいと思いますね。
絹: 松岡さん。覚えておられます?前回、見せた写真。
堀川の現状と言って・・・
堀川の三面貼りの、コンクリートで固められた底で、親子がキャッチボールをしている写真見せましたね。
松: そうですね。
絹: 結構そういう今、堀川はコンクリートで固められた川なんですよね。
長谷川さんみたいな川の専門家にすれば、あまり川の良い姿ではないとおっしゃっているんじゃないですかね。
長: そうですね。堀川はですね、実は私たち・・まぁ技術屋と言いましょうか、河川をどうしようか、と言う仕事に携わる人間にとって、「痛い川」でしてね。
出来ればこの機会に・・極端に言えば、すべて埋めてしまって上にですね、せせらぎ:水路の分だけをね、復活をして、後はその緑道のような形にしてですね・・
絹: はい。
長: そういう、まぁ市民の憩いの場、そんなものが出来れば良いなぁ・・実はそんな風な事を考えていたんですけども。
松: はい。
そうすると、前回教えて頂いた「堀川」とは、随分イメージ違いますよね。
絹: はい。
松: 「せせらぎ」と「作った堀川」っていうのは・・
絹: はい。
松: 随分違うと思うんですけれども・・・
絹: はい。
松: まず川のイメージが・・・
絹: はい。
松: どうなんでしょ?
絹: えーっと、長谷川さんは河川の専門家でおられます。
松: はい。
絹: 専門家が、こう「堀川を整備するならこうしたいよ。」と言う思いを今、語られたわけですけれども、実際にワークショップという形で、一般公募で地元の人だとか、市民の人達に堀川を再整備するのに、「知恵を貸してくれ」と言う形で、この指とまれで・・
あれ何人ぐらい集まったんですかねぇ?
長: えーっと、140人ぐらいでしたね。
実際はですねぇ・・・一般募集って言いましょうか・・あの、公募させて頂きましたから、全部で200名越えるぐらいのですねぇ、希望者が名乗りを上げていただいてますね。
絹: はい。
松: それは、地域住民の方でしょうか。
長: そうです。
えーっとですねぇ、二つ・・地元推薦の方が何人かいらっしゃいましたけども、それ以外に、京都市在住の方とか・・そういった形でですねぇ、ビラとかポスターで呼びかけをしまして、また非常に沢山の人に集まって頂きまして、最後は厳選なる抽選をさせて頂きましてですねぇ・・・従って、その中に参加して頂けなかった方もいらっしゃったと思います。
絹: はい、厳正なる抽選の結果、落選したのが私です(笑)。
松: それは、本当に厳正だったと・・
絹: はい。
松: 言う訳ですね(笑)。
絹: はい(笑)。
長: それはね、本当に私どもも立ち会ってやってますので、間違い有りません。
松: そうですね。
絹: 僕たちは「縁の下の力持ち」で、わりかしずっとその・・それのね、このワークショップの事前の・・何年も前から色々お手伝いをしてたんですけども・・選ばれると思ってたんですけども、やっぱり・・・(笑)
松: 絹川さんが落ちたというのは、有る意味良かったのかもしれませんね。
絹: はい(笑)。
長: はははっ(笑)。
松: そんな気もします。
絹: はい。僕はオブザーバーで・・
松: はい。
絹: 傍聴に何回か行きました(笑)。
松: そうですか。
絹: はい。
松: はい。
絹: で、その・・そういう市民の人達が、発想されたと言うか、堀川が自分達の前に、どういうせせらぎを・・水を取り戻したいのかと言うなのが、やっぱり専門家の意見と少し・・というか、大分違ってたと言う・・事なんですよね。
長: そうですね。蓋を開けてみてビックリしまして・・・
今出川のところから、御池のところ迄ですね。
絹: はい。
長: あそこで、4・・5、5グループですか、区間に分けて、それぞれ地元の方々にですねぇ・・・を中心にですねぇ、色々と話し合って頂いたと言うことなんですが、皆さんですね、その・・埋めてどうのこうのしようと言う話は、どっからも出てこなかったんですよね。
これはねぇ、実は意外でした。
絹: 不思議と言えば不思議。以外と言えば以外、ですね。
松: 問題は・・私伺ってて思ったんですけれども、何の為に埋めるのか、と言うことですよね。
絹: うん。
松: その、「埋めてせせらぎを作る」と「埋めない」のとどう違うのかと言うことを、ちょっと教えて頂きたいんですが。
絹: はい。
長: そうですね。やはり今の広い川幅と言いましょうか・・・いま、川幅が広くて深いんですけれども、これはあの・・先ほど有ったように、最初に有ったように、雨が一旦降った場合にですね、下水道の代わりで水を流すという事で必要な訳です。
しかしこの・・今回は・・その改善事業でですねぇ、下水管を別に・・道路の方にですね、下に大きな管を埋設しまして、その工事が完了後にですねぇ、水辺整備をしようと言うことですから、今の広い川幅と言いましょうか・・或いは深い川というのは、必要が無くなってしまうわけですね。
ですから、もっと今のような形にこだわらずにですね・・・本来どんなものが良いのかなぁ、と言うところから話をスタートして、話し合って頂・・けたわけですけれども・・・
それがですね、意外や意外。
皆さんやはり、今の形からスタートをして、それでそう良くしていこうか?と・・
そちらの方へどんどん話が進んだんですね。
これが非常に・・私らはそこで一端、あの・・・・リセットしてしまって、もう、埋めるんだったら埋める。
で新しいせせらぎの、気持ちの良い水辺を作るんだったら、そういう形でしたらいいじゃないかと・・・
抜本的に変えてしまえる、チャンスだと思ってたんですよね。
松: あぁ、そうですか。
その、埋めてせせらぎを作ると、それはさっきおっしゃった、山地河川っていう、自然の流れに近いものになるって言うことでしょうか?
長: そうですね。
ちょっとあの違うんですけども、祇園白川の流れがありますが・・
松: えぇ。
長: ああいったものを、思い浮かべて頂いて・・あそこはですね、雨の水が・・祇園白川の区間は雨の水が入ってきませんので・・・疎水の水だけをですね、普段少し流してる川ですから、道路と川底が非常に近いですよね。
で、道路と川が・・せせらぎが一体化したようなですね、非常に気持ちの良い場所になっていると思うんです。
で、そういうものが、堀川の方でも新しくできるかな?と言う風な期待でしたね。
松: はい。
絹: えーっとねぇ。僕はちょっと想像できるんです。
と言うのは、僕は河川屋さんではないもんですから、一般市民近いところがある。
あの・・・地元の方がですねぇ。二条城の辺の堀川の石垣をすごく大事にされているんですよ。
あれは文化財だと言われるんです。
すごく古い石垣がある。
それから、それぞれ、あの・・堀川には歴史的なストーリーが内包されているっていうんですか・・この報告書の初めにも書いてありましたけれども・・晴明神社の近くの・・安倍晴明さんが、一条戻り橋のたもとと言いますか下に式神を封じ込めて、使役していたとかですね。
そういう事を、すごく大事に地元の方は思っておられる。
で、その埋めるって事ではなくて、現在有るところの・・その・・低いところに水面が来るってところをイメージされた訳ですよね。
だから一旦降りてって。道路から降りてって、その水辺空間に近づくことを選定された、っていうことなんでしょうかね。
長: そうですね。おっしゃる通りだと思います。
で、ホントに今の堀川はですねぇ・・・現在の姿は、まぁ私たち河川屋から見れば、痛ましい姿という風に見えるんですが、現実にもう都市の記憶を沢山持ってる、っていうんでしょうかね。
例えばあの・・中立売の橋はですね、大変由緒のある・・その・・デザイン的にも・・
あの橋の由緒もありますし、それから橋自体もですねぇ、非常に石造りで立派な・・それからアーチ橋と言いまして・・丸形アーチ橋って言うんでしょうかねぇ・・・デザイン的にも凝った、ちょっと他には例のない様な、優れた作品にもなっております。
で・・その他、いろいろ・・昔の市電のですね、橋脚のレンガの跡の断面がですねぇ、川の側壁って言うんでしょうかね・・そんなところにそのまま残っていたりとか・・
松: あぁ、そうなんですか。
長: えぇ、そんな風にですね、昔の・・・町の営みが、やっぱり少しずつ、川に沿って姿を現している、っていうんでしょうか、そんなのがある訳ですよね。
それは、ホントに痛ましい姿とか言う言い方していますけども・・ホント、その辺は皆さんの愛着の基になってるんじゃないかな、と言う気がしますね。
絹: はい。
松: 埋め立てると、そういう面が見えなくなってしまう、っていうことなんですか。
絹: そうだと思います、ぼくは。
長: 私らはね、それをなんか他の形で保存したりとか、或いはその区間だけ、なんか見えるようにしたりとか・・・あの、小手先のこと(笑)考えちゃうんですけどね。
でもやっぱり、周囲の方はそうでは無くって、もっと非常にスカッとした残し方って言うんでしょうかね。
今のまま残して、今の形をもっと自分達の良いように活用しよう、と言うようなですね、そっちの方向へ話が進んで行かれたと。
これが大きな特長だった様な気がしますねぇ。
絹: 長谷川さん、あの・・
長: はい。
絹: 次・・ちょっとお聞きしたいんですけども。
長: はいはい。
絹: 今年、もうこの工事始まったんですよね。鴨川左岸・・・
長: あぁ、そうですね。はいはい。
絹: 発注された・・
長: えぇ。えぇ。
絹: と言った方が近いでしょうけども。
で、紫明通り・・
長: はい。
絹: あそこは、その・・せせらぎって言いますか・・は、来るんでしたっけ。
長: あの・・・道路とですね・・
絹: はい。
長: それから施設の関係をですね、どんなように折り合いよく、持ってこようかと。
それからあの・・・当然、あそこ、幅の広い中央分離帯と言いまして・・・
絹: グリーンベルトみたいな奴ですね。
長: そうですね。道路の真ん中に、そういったところが通っております。
そこ又あの・・もう既に駐車場として使われている区間もあったりなんかしますので、そこをですね、強引に川を通すというわけにもいかないとこが有って、色々調整がいるんですけども・・
まぁ、そういったところを利用して、せせらぎを流したいな、と言うのがあります。
すべて見えるというわけには、行かないところもある・・
下をくぐってしまうところもあると思いますけども、そういう形で進んでいくんじゃないかと思いますね。
絹: はい。それがこう・・紫明通りから、堀川へカーブして、南下していくわけですね。
長: はいはい。
絹: で、基本的に堀川通りに入れば、せせらぎは見えるところが多くなってくると・・
長: そうですね。この堀川の特長はですねぇ、水位差が大きいって言ううんでしょうか・・その、勾配が急ですから・・
絹: はい。
長: いろんな水のですねぇ、流し方が出来るんです。
あの、例えば池のように一時的に貯めて、その後でですねぇ、滝のようにですねぇ、落とそうとしたりとかですねぇ・・
そんなように、いろんなまぁ、テクニックを使いやすい区間ですので・・
絹: はい。
長: その辺は、今後・・まぁワークショップの方でも、随分いろんなアイデアが提案されていますし、造り方の上でもですねぇ、又いろんな工夫も出来るんではないかな、と思いますねぇ。
絹: あのぉ・・ワークショップで・・いろんな出たアイデアの中で感心したのはね、阪神大震災の記憶がまだ新しかった時だったので、防災と言う意識を皆さんすごく高くて、もし火事だとか大きなものが起こったときに、堀川の水を一時停めてですねぇ、そこから・・消火用水にするような、そういう仕組みをね・・ちっちゃなプールって言うんですか、消防水利みたいなものを造っていこう、と言うアイデアを出された方が、少しおられましたですね。
長: そうですね。あの・・消防の「ピット」って言うんですけども、地下にですね、小さな水防タンクを場所場所で置いてですねぇ、消防車が来て、最初のまぁ・・初動消火って言うんでしょうか・・
絹: はい。
長: 初期消火を出来ると、言うぐらいのですね、そういう容量をその場所場所で確保しよう、言うようなやり方で・・大体400メーター以内に1箇所、と言うような基準でですねぇ、入れております。
絹: あっ、400メーター!
長: ですから、何カ所か・・六ヶ所位ずつ入れよう・・なんかそんなような形だったと思いますねぇ。
松: じゃぁそれは、実現される、ということですか?
長: えぇ。たぶんね。特に今、京都市の町全体で、そういう地震災害に対してですね、安全性の高い、消防体制っていうんでしょうか、それをどんどん進めようと・・
絹: はい。
長: 文化財が沢山ありますしですね。
松: そうですね。
長: そういった一環でですね、現在その消防水利の計画がどんどん進められていますんで、堀川もその一翼を担うような形で事業が進められると思います。
松: これは絹川さん、大切なことですよね、これからの時代は本当に・・
絹: えぇ。あのぅ、市民の側から出た提案が、実際に活かされて、400メートルに一箇所のそういう消防ピットですか、今まで無かったものが出来てくると。
この一つを取っても、拍手を送るべきものかなぁなんて、私は思ってしまいます。
長谷川さんはそのワークショップと言いますか、市民の意見を集約する、ホントの裏方のセンターにおられた方ですので・・まぁいろいろ、この計画が造られていくのを、後側からと言いますか、一緒になって造って来られたというか、見てこられたので・・何か、後最後にエピソードと言いますかねぇ。
抱える課題だとか、非常に記憶に残っているものなんかのお話を少しして頂きたいな、と思うんですが。
どうでしょうか?
長: あぁ、そうですね。
やはり、まぁ市民参加でですね、実現していこうという、市民の側と行政が手を携え合って、と言いましょうか、或いは協力し合ってですね、やっていこうという事業であるわけです。
したがって、相当エネルギーが高い・・高いエネルギーが必要だと言うんでしょうかね。
お互いにですねぇ、どんどんものを言い合っていかないと、実際何も出来ない・・
絹: はい。
長: ・・いう風に思います。
しかし、同時にですねぇ・・やはり・・なんていうんでしょうか?
エンドレスに理想的なものを求めるっていうんでしょうかね・・それをやっぱり、非常に難しい話かもしれないので、当面、何をどんな風にしてるかって事をはっきりさせたうえでですねぇ、両者が両者を理解し合って・・お互いに理解し合ってですねぇ・・相手にないところをこちらで補っていくような、そういう協力関係がやっぱり必要だと思うんですね。
とは言いながらやはり、どんどんこれから事業が進んで来ますから、目の前でいろんなものが起きて行くと言うことに対してですねぇ、やはりこう・・なんていうんでしょうか・・特に心配てますのは、市民側の方が、例えばワークショップの成果を活かしてですね・・
絹: はい。
長: 窓口を一本化しながら・・なんて言うんでしょうか・・例えば市民が市民を説得する様なですね、逆にそういう風な事もこれからは必要になってくるんじゃないかな・・お互いに意見を調整し合って、市民側としてまず、その意見を一つにする、と言いましょうか・・・そういう市民側も一枚岩になってですねぇ、事業に協力をして行くというようなことが、非常に大事じゃないかなぁ、と言う風に思いますね。
松: まぁ、実行段階に入ると、そうやって意見を一つに集約する、と言うことも必要になってくると、言うことですね。
絹: はい。あの今、長谷川さんがおっしゃった中で、すごく大事なことはね、理想を追い求めて行くことは、すごく大切だけれども、衆議一決して理想的なものが出来ると言うことが、すごく・・望ましいことなんだけれども、だけど実際の、こういう堀川の工事をしたりするときには、絶対的に予算だとかいろんな制約条件が・・地元の方の制約条件だとか・・有ると。
それを現実と理想とを摺り合わせていくのに、皆さんの知恵を貸してくれ。
で、お互いに信用し合って、「行政なんか信じられるか」「市民なんか信じられるか」って角突き合わせていたんではどうしようもない。
それを、こう・・調整していく手法、或いは「行司さん」と言いますか、コーディネイトしていくと言うような仕事の、センターに長谷川さん・・お一人としてお座りになった訳ですよね。
長: えぇ、そうですね。
あと、その、実際ワークショップをやる中では・・当然地元の方々のですね、ご協力もいただきましたね。
十四学区にまたがってですね、北区、中区・・それから、まぁ中区が・・
絹: 中京区、中京区。
長: 北区、上京区ですね。
絹: あっ、上京区ですね。
長: それから、その中京区の一部とですね、非常にその沿線の・・・2キロ以上にも渡る様な長い区間でしたんで・・・
非常に多くの方に、ご協力もいただきました。
で、同時にですねぇ、例えば京都市・・市の職員の方々がですね、手を挙げて頂いて・・
絹: はい。
長: これは、「堀川チーム」と言うチームを作りましてですね・・30人ぐらい、そういった方々に、臨時でですね・・・その自分の、本来の仕事の一部としてやって頂くと、言う様な形で、ワークショップの推進役に参加をして頂いたり・・・
それからその、京都大学の方の吉田先生を中心にですね、学生さん、院生の方々も一緒になってやったりとかですね。
まぁ、そういう各パートの方々が集まって・・なんて言うんでしょうか・・連合軍(笑)を作ってですね、そのワークショップをやった。
そういうのもまぁ、この、こういうのの特長なのかな、と言う気がします。
絹: あの・・皆さん京都にお住まいになってて、堀川って言うところが変わろうとしていると言うことと・・・まぁ、新聞記事なんかで良く取り上げられてましたんで、ご存じの方は多いかと思いますけども、その裏側まで、こうやって解説をしてですね、何が起こって、140数名の市民の方々・・延千人に及ぶような人達が、何十何回も打合せ、裏方チームは四十何回ものミーティングとかですね、そういうことが起こって、ちょっと今までと違う計画の仕方が・・決定の仕方がされてるよ、と言う事をご存じの方って、あんまり多くないんじゃないかな、と僕は思いますけども・・・
松岡さんにお伺いします。
ご存じでした?
こういう事件が起こっているって。
松: いえ。あの・・存じ上げませんでした。
絹: そうですか。
松: はい。
絹: で、前回も申し上げました。
90年代から、それの芽生えは有ったんだよと。
松: ねぇ。
絹: もともと、こういう堀川の再生プランは、一人の学生の卒業設計から・・それを育てることから始まったんだというような・・紆余曲折の話をしましたよね。
松: ねぇ、素晴らしい、その始まりですよね。
絹: はい。
僕は・・長谷川さんがこうやって淡々と語られましたけれども、誰かがね、ギネスブックに登録したら、これはギネスに取り上げられても良いの違うかと思うぐらい、実は私堀川に思い入れがありましてね。
これまぁ、再放送もされますので・・時間的なことを言うとあまり良くないかもしれませんけども、実は今日、堀川の灯籠まつりってのが有るんですね、長谷川さん。
長: そうですね、はい。
松: 今日って言うのは・・この録音した今日と言うことでしょうか?
絹: 録音した今日・・
松: はい。
絹: 五月の下旬ですね。下旬に入ったところか。21日か今日。
で、今日も市民の方々が集まって、堀川の川底にペットボトルを数千基並べられます。
松: あぁ、そうですか。
絹: はい。それのこれから、ボランティアに行くんです。
そういうの、長谷川さんもたぶん、楽しみにご覧になりに行かれると思うんですけども。
長: えぇ。あの、是非今から行きたいと思います。
あの、やはり私ども、こうやって裏方をさせて頂きましたが、やはり多くの市民の方々がですねぇ、そうやって力を合わせてやっていらっしゃる。
で、それで、段々実現していく様な事業じゃないかな、と言う風に思いますね。
松: すばらしいですね。
絹: はい。
えーっと、私が語ると、色々ちょっとロマンティックに語るところがありがちなんですけども、もちろんこの計画を作っていくところでは、口角泡を飛ばす、テーブルをたたく、けっ飛ばしかねんというような、すごく熱くなった場面も、いっぱいあったはずです。
だけれども、市民と行政と、そして専門家、大学、建設人。
いろんな人達が同じテーブルについて、物事を仕上げていこう。
これは非常に尊い姿だと、僕は思いますし・・だけど、惜しむらくは、こういうプロジェクトはやっぱり、パワーと時間とエネルギーがすーごくかかりますんで、なかなか、次から次へと言うわけにいかないと。
望むらくは、こういうプロジェクトが少し省エネで(笑)、もう少し短期間で(笑)・・・もう幾つかできたらいいのになぁと、いう風に次は願います。
松: そうですか。
でも色んな人の意見を活かしたり聞いたりする事は、やっぱり時間がかかりますね。
絹: そうですね。
でも、十年、十五年ってかかってたのが、五年とか七年とかで出来たら良いのになぁとか、いう風にも思いますし、そういう風な協力の仕方を京都市民がね、認知して下さったら、すごい嬉しいな、と思います。
と言うことで、今日は「堀川物語(その2)」と言うことで、建設技術研究所の長谷川さんをゲストにお話を致しました。
はぁ、大体まとまりましたね。
松: そぅですね。
絹: はい。
長谷川さん、松岡さん、どうもありがとうございました。
長: えぇ。
松: ありがとうございました。
絹: ありがとうございました。
失礼いたします。
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